二泊三日のお江戸の旅、三日目(21日)に歌舞伎座で『義経千本桜』を観ました。
丁度私たち夫婦が東京に行く時に、玉三郎さまと海老蔵さまの歌舞伎、しかも『義経千本桜』と言うことで、これは是非観ないと、と歌舞伎経験無しの主人を説得。
「あ〜ただって知ってる玉三郎さんだよ〜、海老蔵さんだよ〜、しかも好きな歴史物だよ〜。」と口説き落とし、やっとウンと言わせたのです。
チケットは海老蔵さんの後援会に入っている友達に取って貰いました。前日20日のプチ同窓会でそのチケットを渡してもらったのですが、お席は前から3列目。花道からちょっと離れているということで、友達は「悪いお席でごめんね」と謝っていましたが、私には十分にいいお席。
「彼女からのチケットだと、ちゃんと目線くれるわよ。」といつも入手してもらっている友達も言っていたように、しっかり海老さまの視線をゲット♪

「チョンパ」で華やかな幕開き。伏見稲荷の鳥居前。段治郎さんの義経が武者人形のように美しい。春猿さんの静御前がこれまた錦絵のように美しい。主人は歌舞伎初体験。かく言う私だってナマで観るのは20数年ぶり。しっかり案内用のイアフォンを耳にして、目を皿のようにして見入りました。
静御前が梅の木に縛りつけられるんですが、この場面のエロティシズムってどうなんだろう。ヨヨと泣き崩れるなんて現代の女性にはないですよね〜。宝塚の男役さんとは逆で、女形の美しさってこういうところなんだなぁって感心しきり。かと言って、これを女性で演じるのはまた大変。あれだけの鬘とお衣装をつけて、ずっと同じ姿勢を保つなんて、かなりな重労働ですから。それを汗も出さずに涼しげなお顔で演じる姿。伝統芸能の真髄を見たような気がしました。
イヤフォンの説明によると、この場面の元になっているのは、玄宗皇帝と楊貴妃のお話だということで、ひとつ勉強になりました。所作事の説明も簡潔で分かりやすく説明されていて、これは借りてよかったです。
二幕目は『吉野山』いわゆる道行きです。満開の桜の中。ここで一幕目の春猿に変わって玉三郎さまが静御前で出て来ます。もうここで客席はため息!私も手が痛くなるほど拍手して、うっとり。隣の主人が「顔、ちっちゃ!」
神々しいまでの美しさ。立ってるだけで絵になります。動くとびっくりしちゃう。変になよなよしてないんですね。無駄な動きが全くなくて、自然なんです。
海老蔵さんの忠信との道行き。歌舞伎のド素人の私でも楽しめます。
そして三幕目が『川連法眼館』。ここの狐忠信はテレビなどで何度か見たことがあります。
アクロバティックで、飽きさせない。早や替わり、宙乗りなど、誰もが楽しめる要素が満載。海老蔵さんの独断場。大きな男なのに狐の子を演じる姿は本当にいじらしくて涙が出ました。最後の宙乗りでは万雷の拍手。桜吹雪が舞うとどよめきがおこります。
観終わった直後、主人が「またチケット取って貰って。松竹座でも御園座でも行こうな。」と言ってくれました。やっぱり最初にいいお芝居をいいお席で見ると嵌れるんだなぁとつくづく。主人は20数年前に宝塚初体験も前から2列目のド真ん中の席で観たので、きっちり嵌ってくれましたし、単純なんですけどね。
今回『ミス・サイゴン』と『義経千本桜』の二つを観て感じたこと。
『ミス・サイゴン』は母親の子供を思う愛、『狐忠信』は子供が親を思う愛。どちらも親子の切れない情が描かれています。命さえも投げ出す親の愛。孝行できずに死に別れた親を思い、人間に姿を変えて傍に居ようとする子の愛。
我が家の近所では野良猫の親子、野鳥の親子の哀しくなるような親子の情を私は見ています。なのに昨今の人間社会はどうなってしまったのでしょう。親が子を殺し、子が親を殺す。そんな事件が後を絶ちません。自分を含め、私たちの世代が何かを忘れてしまったからではないだろうか、とそんな反省もちょっぴりしてしまった三日間でした。
丁度私たち夫婦が東京に行く時に、玉三郎さまと海老蔵さまの歌舞伎、しかも『義経千本桜』と言うことで、これは是非観ないと、と歌舞伎経験無しの主人を説得。
「あ〜ただって知ってる玉三郎さんだよ〜、海老蔵さんだよ〜、しかも好きな歴史物だよ〜。」と口説き落とし、やっとウンと言わせたのです。
チケットは海老蔵さんの後援会に入っている友達に取って貰いました。前日20日のプチ同窓会でそのチケットを渡してもらったのですが、お席は前から3列目。花道からちょっと離れているということで、友達は「悪いお席でごめんね」と謝っていましたが、私には十分にいいお席。
「彼女からのチケットだと、ちゃんと目線くれるわよ。」といつも入手してもらっている友達も言っていたように、しっかり海老さまの視線をゲット♪

「チョンパ」で華やかな幕開き。伏見稲荷の鳥居前。段治郎さんの義経が武者人形のように美しい。春猿さんの静御前がこれまた錦絵のように美しい。主人は歌舞伎初体験。かく言う私だってナマで観るのは20数年ぶり。しっかり案内用のイアフォンを耳にして、目を皿のようにして見入りました。
静御前が梅の木に縛りつけられるんですが、この場面のエロティシズムってどうなんだろう。ヨヨと泣き崩れるなんて現代の女性にはないですよね〜。宝塚の男役さんとは逆で、女形の美しさってこういうところなんだなぁって感心しきり。かと言って、これを女性で演じるのはまた大変。あれだけの鬘とお衣装をつけて、ずっと同じ姿勢を保つなんて、かなりな重労働ですから。それを汗も出さずに涼しげなお顔で演じる姿。伝統芸能の真髄を見たような気がしました。
イヤフォンの説明によると、この場面の元になっているのは、玄宗皇帝と楊貴妃のお話だということで、ひとつ勉強になりました。所作事の説明も簡潔で分かりやすく説明されていて、これは借りてよかったです。
二幕目は『吉野山』いわゆる道行きです。満開の桜の中。ここで一幕目の春猿に変わって玉三郎さまが静御前で出て来ます。もうここで客席はため息!私も手が痛くなるほど拍手して、うっとり。隣の主人が「顔、ちっちゃ!」
神々しいまでの美しさ。立ってるだけで絵になります。動くとびっくりしちゃう。変になよなよしてないんですね。無駄な動きが全くなくて、自然なんです。
海老蔵さんの忠信との道行き。歌舞伎のド素人の私でも楽しめます。
そして三幕目が『川連法眼館』。ここの狐忠信はテレビなどで何度か見たことがあります。
アクロバティックで、飽きさせない。早や替わり、宙乗りなど、誰もが楽しめる要素が満載。海老蔵さんの独断場。大きな男なのに狐の子を演じる姿は本当にいじらしくて涙が出ました。最後の宙乗りでは万雷の拍手。桜吹雪が舞うとどよめきがおこります。
観終わった直後、主人が「またチケット取って貰って。松竹座でも御園座でも行こうな。」と言ってくれました。やっぱり最初にいいお芝居をいいお席で見ると嵌れるんだなぁとつくづく。主人は20数年前に宝塚初体験も前から2列目のド真ん中の席で観たので、きっちり嵌ってくれましたし、単純なんですけどね。
今回『ミス・サイゴン』と『義経千本桜』の二つを観て感じたこと。
『ミス・サイゴン』は母親の子供を思う愛、『狐忠信』は子供が親を思う愛。どちらも親子の切れない情が描かれています。命さえも投げ出す親の愛。孝行できずに死に別れた親を思い、人間に姿を変えて傍に居ようとする子の愛。
我が家の近所では野良猫の親子、野鳥の親子の哀しくなるような親子の情を私は見ています。なのに昨今の人間社会はどうなってしまったのでしょう。親が子を殺し、子が親を殺す。そんな事件が後を絶ちません。自分を含め、私たちの世代が何かを忘れてしまったからではないだろうか、とそんな反省もちょっぴりしてしまった三日間でした。
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