スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ネタバレ『天使と悪魔』

2009年06月09日 16:24

天使と悪魔


先週土曜日、やっと観て来ました『天使と悪魔』!観終わった後、素直に「いやぁ~、面白かったわ~」と言える映画でした。

本当はダン・ブラウンの原作を全部読んでから観る予定だったのですが、文庫版の「中巻」を読み終えたところで時間切れ。「下巻」を残しての鑑賞となりました。

結果としては、これでよかったと思います。この映画もまた映画を観てから原作を読んだほうが楽しめるのではないかと。映画を観終わった興奮冷めらやぬうちに「下巻」を一気に読破し、満足感が数倍にもなりました。

では、ここから先は映画も小説も超ネタバレとなりますので、ご注意下さいませ。









小説のあのボリュームをどうやって2時間ほどに収めるのか?しょっぱなから原作とは違っていました。最初の犠牲者になるのはヒロイン・ヴィットリアの養父ではなく、セルン(欧州原子核研究機構)の同僚。原作では3分の1ほどを締めていたセルンの説明はほとんどなく、なのでセルン所長のマクシミリアン・コーラーも出てこなければ、ヴィットリアと養父とのエピソードもばっさり切られています。原作を読んだ時に、お話の始まりがヒロインの家族の死であることとがあまりにも『ダ・ヴィンチ・コード』に似ていてデジャヴを感じたので、私はこの映画の処理に対しては大いに賛同出来ました。この方がスッキリしています。

原作との違いを言えば、映画ではジェンダルメリア(国家憲兵隊みたいな警察?フランスではジャンダルムリー)警部になっている「オリヴェッティ」は原作ではスイス衛兵隊隊長ですし、映画でスイス衛兵隊隊長の「リヒター」は原作にはないオリジナルキャストです。オリジナルと言っても、このリヒターには原作の何役もの仕事を課しています。原作でのオリヴェッティやコーラー所長などがこのリヒターにあてられています。またコーラー所長にあてられたある部分は、シュトラウス枢機卿(原作ではモルターティ枢機卿)に見え隠れしているように思いました。

「カメルレンゴ」という役職名でずっと呼ばれる「パトリック・マッケンナ」も、原作での名前は「カルロ・ヴェントレスカ」です。このように名前が変えてあるのは、俳優さんがイタリア語を母国語とするものでないからだと思います。日本人の私が聞いてもイタリア訛りの英語かどうか分らないですが、アメリカ映画なのでこれはしかたないことなのでしょう。シュトラウス枢機卿役のアーミン・ミュラースタールはドイツ出身、カメルレンゴ役のユアン・マクレガーはスコットランド出身です。

グタグタとこんなことから書いてしまっていますが、とにかく映画はハラハラドキドキの連続。原作で展開を知っていても画面に釘付けになります。2時間18分があっという間でした。

『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』でオビ=ワン・ケノービ役を演じたユアン・マクレガーの「カメルレンゴ」がカッコイイの♪祭服も一種の制服。どこまでも制服に弱い私・・・。原作を読んだ時から「カメルレンゴ」がアヤシイとずっと思っていたのですが、映画の初っ端にこの人を見て、カッコイイから絶対にアヤシイ、と確信いたしました

ずっと冷静なカメルレンゴが「イルミナティだ!」とある人物を指して(原作ではロシェ副隊長なのですが、映画では枢機卿のひとり?)ヒステリックに叫んだシーンで、「ほらぁね!」みんなは騙せても私は騙されないわと。なのにそう思っていたら、「反物質」を抱えてヘリコプターで空に向って行く。ええ~!?違うの~?

このシーンがとてつもなく残酷で美しいんです。筆舌に尽くせないというのはこのことです。これは映画でないと味わえない醍醐味です。「反物資」が天空で爆発し、空が割れるような様は、まるで一幅の宗教画を見ているようでした。そうあの「システィナ礼拝堂」の「最後の審判」のような。このシーンだけでも何度もみたい。このシーンを感動で観るためにも原作を先に読んではいけない。そう思いました。

命を賭してヴァチカンを守ろうとしたカメルレンゴ。より高みへ高みへとヘリを操縦して昇っていくのは、爆発からヴァチカンと人々を守ろうとするだけではなく、孤児だった自分を教育し愛を与えてくれた前教皇や神のおわす天空に、少しでも近づきたいから。天地創造をも科学の力でなしえるのだという傲慢な人間達が作ってしまった悪魔の物質を清い心で浄化しようとするカメルレンゴの姿に涙してしまいました。あぁ、私の疑いは間違いだったのね・・・。

ところが、ところがですよ。なんとカメルレンゴはパラシュートに乗り、地上へと降り立ったのです!それを歓喜のどよめきで迎える広場の人たち。あぁ、やっぱり、あなたは犯人なのね、カメルレンゴ。

コンクラーベに参加している枢機卿も(シュトラウス枢機卿を除く)、主人公ラングドンも、神の奇跡を信じ、陶酔するのです。っが、やはりここで終わりません。


原作を読んでから映画を見た方には少し物足りないところもあると思います。実際、映画を見てから原作を最後まで見た私は、先に原作を読んでたらここはどうしても描いて欲しかったという箇所もいくつもありました。

特にそれを感じたのは、「動機」です。前の教皇が科学と手を結ぼうとしていたから、だけでは弱いなぁと映画を見て思っていました。また、映画では4人目の枢機卿はラングドンによって命を助けられます(ここのシーンもめっちゃ好き。泣きました。)。そしてこの枢機卿が教皇になるのですが、一連の事件を全く知らされていない一般人は「サン・ピエトロ大聖堂で火災。有力候補の枢機卿3名とカメルレンゴが死亡」なんて納得するでしょうか?この教皇にはずっと新たな陰謀説が付き纏うことでしょう。

この辺りを原作はもう少し納得のいくものにしています。そして、その「動機」とその結末に私はまた泣かされました。

『天使と悪魔』のテーマは「宗教と科学の対立」。ガリレオの地動説にまで遡らずとも、今現代もそれは相いれないところがまだまだあります。 iPS細胞、遺伝子組替食品。無心論者の私でもこれはどうか、と思うことが多々あります。宗教にはうとくとも、人として、人の倫理を持って科学の暴走を見張ることは必要だと感じています。

最後に、この『天使と悪魔』はあくまでもフィクションです。『ダ・ヴィンチ・コード』でも様々な論争があったようですが、あまたの薀蓄、陰謀、謎解き、上質のエンターテインメントとして楽しむべきものであると思っています。
日本にも沢山あるではないですか。義経は生きていてジンギスカンになっただの、徳川埋蔵金だの、M資金だの・・・。冒険譚のネタとして夢があっていいのではないでしょうか?

ダン・ブラウンの次回作に早くも期待してしまいます。
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://sakakimao.blog35.fc2.com/tb.php/386-97c4e804
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。