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『男たちの大和』

2006年01月07日 08:42

正月4日。3日に観る予定が満席で観られず翌日の予約をして帰って来たのですが、三ケ日が終わってもなお観客数は減ってはいませんでした。
しかも観客の層がこれまで観た映画と全く違うのです。60歳は超えておられるだろうご夫婦が多く、また一人で観に来られているかなりご年配の男性も多かった。
中には杖をつき、子供夫婦(この方もまた60歳以上)に支えられながら着席されるご老人も何人かいらっしゃる。
頻繁に尿意を催されるのか、付き添いつきで数回トイレに行かれる方も2、3見受けられました。
いつもなら気が散るのですが、今回はそれも感じさせないくらい映画の中に引き込まれていました。というよりもそれさえもまた私の心を揺さぶったのです。
こうまでして観たい映画とは…。「戦艦大和」とはそれほどまでに彼らを魅了するものなのか、と少なからず感激しそんな想いもないまぜになって観ていたのです。

話が進んで行くにつれて、私の感じ方は違っているのではないかと思い始めました。
この映画はいわゆる戦争物とは違っていました。
反町隆と中村獅童が主演で自衛隊協力ということで、大和の将校にスポットを当てたものだとばかり思っていたのですが、本当の主役は特別年少兵という齢17歳という若者達でした。
しかも反町演じる森脇庄八は主計科烹炊班班長ということで決して将校ではなく絵に描いたようなカッコイイ軍人ではありません。
17歳というと我が息子と同い年です。時代は違っても17歳は17歳です。彼らに照準を合わせて描くことで、戦争の悲惨さや無益さが胸に迫りました。
最後延々と続く集中砲火のシーンでは、私もその場に居合わせたような息苦しさ恐ろしさを感じました。
そして俯瞰から撮影された爆撃シーンでは、味方の戦闘機に守られることもなくただ死に場所を与えられその任務を全うしようとする大和とその乗組員の姿に嗚咽して泣きました。
ここで一緒に観ている明らかに70歳を超えているであろう観客達は、この大和に魅了されて観に来たのではない、そう感じ初めていました。
彼らはあの時ここに描かれている特年兵と同じくらいの年だったのでしょう。肉親や友達をこのような戦いで失った人なのではないだろうか。
あの当時の自分とそしてその友達に会いに来られたのではないのだろうか。
私にはそんな風に思えました。いえ私の勝手な妄想がそう思わせ余計に涙を流させたに過ぎないのかもしれませんが。

「攻撃せよ。ただ攻撃せよ。武運を祈る」
狂気にも似た作戦の指令を受け、「国の為に見事に散ろう」というような台詞を誰にも言わせなかったことも戦争を美化したような映画とは違っていました。
母が幼なじみが恋人が、誰もが叶わぬであろう帰還を願い生きていて欲しいと願いました。
そんな中で犬死と分かっていながらも出動しなければならなかった彼らの無念さは如何ばかりだったでしょう。
唯一その死に意味をもたせてくれた臼淵大尉の言葉は救いでした。
「進歩のない者は決して勝たない。
 負けて目覚めることが最上の道だ。
 日本は進歩ということを軽んじて過ぎた。
 私的な潔癖や徳義にこだわって、真の進歩を忘れていた。
 敗れて目覚める。
 それ以外にどうして日本は救われるか。
 今目覚めずしていつ救われるのか。
 俺たちはその先導になるのだ。
 日本の新生にさきがけて散る、
 まさに本望じゃないか。」(臼淵磐大尉の言葉 映画パンフレットより)

それでも皆最後の時を迎えるに当たって、声を限りに愛する者の名を呼びました。
実際にはここで「君が代」と「海ゆかば」が歌われ、「軍艦行進曲」を流しながら進んだようですが、映画ではこれは表現されませんでした。
ここもまた私がこの映画を国威発揚の戦争映画ではないと思った所です。

昨年から『ローレライ』『戦国自衛隊1549』『亡国のイージス』そしてこの『男たちの大和』と自衛隊が協力した映画四作を観ましたが、この映画こそ最も若い人達に観て欲しい映画です。
愛する家族や祖国の為に命を落とすようなことがあってはなりません。
若者達を死地に追いやってまで守らなければならない親や国などありません。
春秋に富む若者にそのような運命を与えた、それだけでそんな国は滅びるに値しますし、そんな国を作った大人は罰せられるに値するのです。

国破山河在   国破れて山河在り
城春草木深   城春にして草木深し
感時花濺涙   時に感じて 花にも涙を濺ぎ
恨別鳥驚心   別れを恨んで 鳥にも心を驚かす
烽火連三月   烽火 三月に連なり
家書抵萬金   家書 萬金に抵る
白頭掻更短   白頭 掻けば更に短く
渾欲不勝簪   渾べて簪に勝へざらんと欲す
               (杜甫「春望』)

映画を観ている時から頭の中に浮かんでいたこの五言律詩。
この詩に詠われた心はそのまま生きて故郷の土を踏んだ内田二等兵曹の想いに他なりません。
彼の晩年と大和沈没場所(北緯30度43分17秒・東経128度4分0秒)での散骨が事実であるとパンフレットを読んで知った時、また新たな涙が溢れました。
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コメント

  1. へー太郎 | URL | -

    泣けましたか・・・

    大和、観たいんですが・・・長男は観たのですが・・・
    あまり泣ける話はだめなんです。
    泣きすぎると頭痛がして・・・

  2. 榊 真央 | URL | 4eg7mJls

    残念です~。

    ご長男は観られたのですね?どんな感想を抱かれたでしょうか?娘の友人も沢山観ていて、ブログやBBSでしっかりした感想を書かれていてこれもまた涙を誘いました。

    私も泣ける話は得意ではないんです、実は。
    例えば不治の病云々の話は全くパスです。あと動物関係の涙もダメです。

    なんというか、自らの意思に反して組織の中で犠牲を強いられながらも個の尊厳をも大切にしたいという、そんな葛藤にグッ来るみたいです。

    『男たちの大和』は頭痛はしませんでしたが、息苦しくはなりました。『日本のいちばん長い日』を邦画のベスト3に入れている私にはとても矛盾したもののようなのですが、ネオナショナリズムに警鐘を鳴らすものとして私はとても好感を持ってみました。

    おりしも、政府は今「教育基本法」を改定し、「国を愛する」という文言を入れようとしています。この映画をきっかけに若い人たちが、「国とは何か」について少しでも考える時間を持ってくれたら、と願わずにはいられません

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